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岐阜地方裁判所 昭和51年(行ウ)10号 判決

原告 田中正造 外一名

被告 建設大臣

訴訟代理人 高崎武義 中島正男 後藤勝 外四名

主文

原告らの、被告がなした昭和五一年八月二四日付審査請求却下裁決(建設省岐計総発第五号)及び同年一〇月一日付異議申立却下決定(建設省岐計総発第一二号)を各取消す旨の請求をいずれも棄却する。

原告らの本件訴えのうち、その余の請求にかかる部分をいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  原告らの申立並びに主張は別紙訴状写記載のとおりであり、被告の申立並びに主張は別紙答弁書写記載のとおりである。

二  原告らは、甲第一ないし第三号証を提出し、乙号各証の成立はいずれも認めると述べ、被告らは乙第一号証の一ないし四及び第二号証の一ないし六を提出し、甲号各証の成立はいずれも認めると述べた。

理由

一  原告らの申立は、岐阜県収用委員会昭和五一年二月二〇日付収第二一号による収用裁決(その無効確認の訴えが当裁判所昭和五一年(行ウ)第六号事件)を不服として原告らがなした、昭和五一年三月二六日付審査請求に付帯する、執行停止申立に対する執行停止をしない旨の決定(昭和五一年四月二八日付、建設省岐計総発第四号、以下「不停止決定」という。)、右収用裁決及び岐阜県知事の戒告を不服として原告らがなした同年四月二三日付審査請求に対する却下裁決(昭和五一年八月二四日付、建設省岐計総発第五号、以下「裁決一」という。)及び右裁決一に対して原告らがなした異議申立を却下する決定(昭和五一年一〇月一日付、建設省岐計総発第一二号、以下「裁決二」という。)のそれぞれについて、違法であることの確認、無効であることの確認及び取消を求めるというものである。

二  しかし、まず右不停止決定及び裁決一、二について違法の確認を求める訴えは、行政事件訴訟法の定める適法な行政事件訴訟の類型に該当しないし、民事訴訟としての確認の訴えと解してみても、これらは単に右不停止決定及び裁決一、二につき違法であるとの法的評価を求めようとするものであるから許されない。

三  次に不停止決定についての無効確認及び取消の各訴えについて判断する。

不停止決定は前記のとおり審査請求にかかる係争処分の執行停止を求める申立に対して審査庁のなした決定である。ところで、行政不服審査法の定める審査手続は、行政上の争訟について行政庁自らが簡易迅速な手続によつてこれを解決することにより、国民の権利、利益の救済を図るとともに行政の適正な運営を確保することを目的とする手続であり、審査庁のなすその手続内の個々の処分は、審査庁が係争処分の適法性、相当性についての終局判断である裁決をなすことを目標とし、これに到達する過程としてなされるものである。したがつて、これらの個々の処分は行政不服審査法によつて右手続の主宰を委ねられた審査庁の専権に属するものであり、その個々の処分を独自に抗告訴訟の対象とすることはできないものと解すべきである。(このような手続上の個々の処分ごとに抗告訴訟を許すときはかえつて審査手続の円滑な進行を妨げ、その安定を脅かす結果となつて、行政庁による迅速な救済という不服審査制度の趣旨が没却されることとなる。)

右の結論は、審査手続に付随してなされる執行停止申立に関する処分に対しても同一である。執行停止制度は、行政不服審査法が係争処分について執行不停止の原則を採る反面として、国民の権利救済の実効性を保つために設けたものであつて、その停止決定は審査庁が係争処分についての終局判断をなすまでの間、本案たる審査請求人の権利保全の必要があると認めるときに、暫定的措置としてなす付随的処分である。執行停止に関する処分に対して独自に抗告訴訟が認められるとすると、終局目的である係争処分についての救済については簡易迅速をむねとする審査手続がすすめられているのに、その仮の救済に関して厳格慎重を期す訴訟手続をすすめることとなつて相当でない。執行停止に関する処分の瑕疵は、その性質上、審査庁の終局判断である裁決に影響を及ぼすものではなく、またその瑕疵の是正を係争処分についての終局判断をまつてなしてはその目的を達しえないものであるから、裁決に対する抗告訴訟によつてはその救済を受け難いものではあるが、審査請求人は、右手続とは別に係争処分に対する抗告訴訟の手続内で執行停止を申立てることにより、司法機関の判断による仮の救済を受けることができる(行政事件訴訟法二五条)以上、審査手続に付随してなされる執行停止に関する処分は抗告訴訟の対象とならないと解しても、審査請求人の権利保護に欠けることとはならない。

したがつて、不停止決定は抗告訴訟の対象となりえないものであり、その無効確認及び取消を求める各訴は抗告訴訟の対象となるべき処分性を有しない被告の行為を対象とするものとして不適法である。

四  すすんで裁決一及び二の無効確認の訴えについて検討する。

無効確認の訴えは、当該裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該裁決の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該裁決の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができるとされている(行政事件訴訟法三六条)。

しかるところ、いずれも成立に争いのない乙第一号証の一ないし四及び第二号証の一ないし六並びに弁論の全趣旨によれば、前記収用裁決の執行は既に完了していることが認められるのである。したがつて右土地収用裁決及びその代執行手続の一環としてなされた戒告に対する救済を目的とする本件裁決一及び二の無効を確認する利益は失われているといわざるをえない。

五  さらに裁決一及び二の取消の訴えについて検討する。

(一)  成行に争いのない甲第二号証によれば、裁決一のうち前記土地収用裁決に対する昭和五一年四月二三日付審査請求は適法な出訴期間(行政不服審査法一四条一項、土地収用法一三〇条二項により裁決書の正本の送達を受けた日の翌日から起算して三〇日以内)の経過後に申立てられたものであること及び戒告に対する審査請求については、既に右戒告に引続いて代執行が完了していることが認められる。そうすると審査請求期間徒過もしくは審査請求を求める利益の喪失との理由で審査請求を却下した裁決一は適法であり、その取消を求める請求は理由がない。

(二)  裁決二における原告らの異議申立の対象は前記のとおり審査請求の裁決(裁決一)であるが、行政不服審査法四条は審査請求の裁決のごとき同法四条に基づく処分については異議申立をすることができないと明定している。したがつて、右異議申立は不適法というほかなく、これを却下した裁決二は適法であつて、その取消を求める請求は理由がない。

六  よつて、原告らの、裁決一及び裁決二の取消を求める請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、その余の請求にかかる訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋元隆男 小島寿美江 長谷川誠)

別紙一 訴状

請求の趣旨

一 被告は、原告等に対し昭和五一年四月二八日付建設省岐計総発第四号に於いて行つた「執行停止をしない決定。」の処分は違法であることを確認する。

二 被告は、原告等に対し昭和五一年八月二四日付建設省岐計総発第五号に於いて行つた「審査請求を却下する。」との処分は違法であることを確認する。

三 被告は、原告等に対し昭和五一年十月一日付建設省岐計総発第十二号に於いて行つた「異議申立てを却下する。」との処分は違法であることを確認する。

四 被告は、前項記載の処分は違法により無効であることを確認すると共に、その処分を取消しする。

五 訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因

一 原告等は、岐阜県収用委員会によつて昭和五一年二月二十日付収第二一号に於いて土地収用法に因つて本案事件の収用裁決され、昭和五一年二月二九日に、その裁決書を送付されたものである。

二 しかるに原告等は、その裁決書の教示に従つて、この裁決は一方的にして専断的であり審理不尽である事に因り、原告等が権利取得裁決又は協議の確認・同意等の要求も受けることの無いまゝに明渡裁決のみ行なわれた事は、不当であるとして昭和五一年三月二六日付で被告へその審査請求を行なつたものである。

三 原告等は、起業者中部電力株式会社、岐阜県収用委員会事務局及び岐阜県大野郡丹生川村役場等は、連日のように原告等へ来宅して現地の明渡しの催告及び印鑑の押印の強要を行う為、権利取得裁決も行なわずして、この催告は有り得ないものであり、原告等は、いわれのない損害を受ける事になるから早急に本案事件の執行停止を昭和五一年四月六日付にて被告に申立てたものである。

四 なぜならば昭和五一年二月四日行なわれた収用審理に於いて原告等は、原告等の当該土地の謄本を収用委員会に提示して法務大臣の命に依つて所有権の登記を移転されて原告等には全く所有権が無い事を確認したことは明白な事実である。

従つて当該土地の権利者は、原告等では無く、その侵奪者である事が公簿上に岐阜法務局高山支局に於いて変更されている。

五 起業者は、甲第十四号証の六による鑑定書でも明らかであるように公簿上に依つて権利取得を結んで決裁を行つている事は、収用委員会が被告に提出した弁明書中の甲第十四号証の三で明白であるように真正なる土地所有権利者である原告等は権利には全く関知した事ではない。

本案事件は、原告等に対し権利取得裁決を行つていないから、これは総べて白紙に還元されるべき本案事件であり被告の各処分は、これも又総べて違背するものである。

六 被告は、原告等に対し昭和五一年八月二四日付建設省岐計総発第五号に於いて行つた「審査請求を却下する。」との裁決書の理由は全く意味の通じないものであり顕著な事実の誤認である。

原告等の審査請求は三月二六日付で行つたものであり又戒告書は、四月十五日付に対しその審査請求は四月二二日付で行つた事は被告は、四月二八日付で行つた「執行停止をしない決定書。」に於いて立証しているにも拘らず審査請求は期間を徒過しているから不適法であると判断していることは重大且つ明白なる瑕疵であり、事実の誤認も甚だしくこれは顕著な作為違法である。

七 よつて原告等は、被告の処分は違法であり無効である事を確認し処分の取消を請求する次第である。

別紙二 答弁書

本案前の申立

申立の趣旨

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

理由

一 請求の趣旨第一項ないし第三項について

審査請求、異議申立等に対する行政庁の裁決、決定等の違法確認訴訟は行政事件訴訟法の抗告訴訟に該らないので、請求の趣旨第一項ないし第三項の訴えは不適法である。

二 請求の趣旨第四項について

審査請求に対する行政庁の裁決についての異議申立は不適法であるとして却下した請求の趣旨第三項の処分について、無効確認を求める法律上の利益はない。また、右処分の取消を求めることは、三箇月の出訴期間を徒過しており、訴えを提起できないので、却下されるべきである。

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